敗戦前、日本軍は満州国だけでなく、華北の多くの地域を事実上の支配下においていました。侵略と呼ばれることもありますね。
しかし、日本軍がその地で何をしようとしていたかについては、あまり触れられることがありません。
戦後世代の感覚だと、中国大陸に天皇崇拝や西洋風の自由思想、民主主義を広めたかった?・・・なんて想像してしまうかもしれませんね。
実際、そういった考えの日本人も当時、いたのかもしれません。
しかし、それが主流でなかったことは確かです。
日本軍は、今の日本人からみたら「エッ!?」と驚くことを思い描いていたのです。
孔子の祭典を復活させた日本軍 小澤征爾の父も関係者?!
1937年、陸軍大将 寺内寿一は華北に司令官を派遣することを決定します。
この特務部長に任命されたのが、少将 喜多誠一でした。
喜多は在中日本大使館の武官として中国に長く滞在した経験がありました。
彼は中国現地の政務に関する部門を司り、指導する責任者になりました。
喜多誠一少将
その年の12月「中華民国臨時政府」の成立宣言が行われます。
これは親日政権であり、日本軍による傀儡政権ともよばれています。
当時の傀儡政権は満州国での反省から、トップには中国人をおき、部下、参謀として日本人を置くという形をとるようになっていました。「以華制華」というそうです。
喜多は儒教に熱心な人物を選び、政府の要職につけました。
臨時政府は儒教を国教とさだめ、卿云歌を国歌としました。
卿云歌とは中国古代の舜帝が、息子を後継者とせず、有能な功労者、大禹に位を譲ったとき、舜帝と周りの家臣がともに歌った歌だそうです。
舜の人格は儒家論理の手本とされています。
また教育においても儒教を重視し、低学年には孝経を読むこと、高学年には四書を読むことを必修とさせました。
そして春と秋に行われる孔子の祭典を復活させ、全面的な「孔子時代への伝統回帰」を打ち出しました。
1942年 9月20日に華北で行われた孔子の祭典
(「大日本皇军主导的回到“孔子的时代 」http://blog.sina.com.cn/s/blog_9b7a4f8b0102wb9u.htmlより)
・・・封建的な儒教をこのように強要することによって、日本人は中国人を奴隷化しようとしたという意見も、中国ではみられます。
しかし、過去記事「明治~戦前の偉人たちを生んだ漢学 これが本来の日本の道徳」をみればわかりますが、それは大きな誤解でしょう。
当時の日本人にとって、論語をはじめとする儒教経典=漢学は、国をリードする高学歴層にしか授けられない、高級な学問だったのですから。
やがて喜多の宣言のもと、華北人民の自衛・自給・自治を実践する組織団「中華民国新民会」が北京に設立されます。
新民会は会長こそ中華民国の政治家、王克敏でしたが、実権は中央指導部次長だった早川三郎、総務部長の小澤開作が握っていたとされています。
ちなみに、この小澤開作という人物、世界的に有名な指揮者、小澤征爾氏の父親です。
彼の子孫は戦後、征爾氏含む多くが成功し、小澤家はwikiに家系図が載るような名家になりました。
新民会は「新民主義」というスローガンを掲げていました。これは「王道」という意味を表すために、喜多が儒教の四書五経の一つである「大学」と朱熹の「章句」から言葉を拾って作り上げた造語です。
日本軍少将 喜多誠一の考えとは?
さて、このように孔子時代への回帰を主導した喜多誠一少将、一体どのような考えの持ち主だったのでしょう?
当時のアメリカ系の週刊誌ミラーズ・レビュー(Millard's Review)に対し、喜多は以下のような意見を寄せています。
・第一に、中国人民が満足できる中国人民を統治する制度を占領区に打ち立てるには孔子の教えが必要だと日本軍は考えている。
ここで話す孔子の時代とは2500年以上前の春秋時代を指すのではなく、辛亥革命以前の蒙昧な農業宗法制による儒教社会を指す。これは「工業日本、農業中国」を実現するものである。
・第二に19世紀終わりの中国の変化をみるに、中国はすでに完全に孔子の時代でなくなっていると感じている。これは日本の統治にとって不利である。そのため戻さなくてはならない
・第三に中国が孔子の時代と離れたといっても、それほど遠くへは行っていない。戻ることが可能だと考えている。そう信じてなければ、自分はこの仕事を引き受けない
・・・どうでしょう?
これを読んで、戦後日本に広まる「日本軍は欧米列強がアジアにしたのと同じように大陸を植民地化しようとした」という説と、実際の日本軍の考えが、だいぶ違うと感じられた方もいるのではないでしょうか?
少なくとも陸軍のエリートたちは、かなり純粋に孔子と儒教を信奉し、中国と日本について前向きに考えていたと感じられます。
喜多が主導していたのは北京を中心とした中華民国臨時政府でした。しかし、当時、日本の傀儡政権と呼ばれていた組織はそこだけではありませんでした。
山西省を支配していた傀儡政権に晋北自治政府というものがあります。そこの最高顧問、前島昇もまた、喜多たちの掲げる春と秋の孔子祭の復活に賛同しました。
前島のもと行われた春の孔子祭には、晋北政府の要人のほか、日本軍の代表も派遣され参加しました。
典礼のあと、前島はこう発言します。
「中国は孔子を敬わない。日本軍は孔子を尊敬し、人々を苦難から救う、王にとっての師である孔子の春の祭典を続ける。天にある孔子の霊魂も日本軍を非常に讃えているだろう」
1942年 9月10日に行われた孔子の祭典
(http://blog.sina.com.cn/s/blog_61cf4c430102vrgc.htmlより)
・・・当時、中国にいた日本人エリートたち、どれだけ孔子が好きだったのか・・・もうコテコテですね。
こうした資料を知る機会が今の日本側にはほとんどなくて、中国側のほうにはたくさんあるという、現在の奇妙な国事情についても、少し考えさせられます。
孔子の故郷を守った日本軍
1937年、孔子の故郷であり、その子孫たちの地である山東省曲阜にも日本軍は到達しました。
当時の東大教授の高田真治はこれを知り、軍部に訴えました。
「もし曲阜の古跡を破壊したら、日本は世界文化遺産を破壊した責任を負わなくてはならない」
そこで軍部は曲阜周辺での戦闘を避けることになりました。
曲阜は日本軍により陥落しましたが、日本軍は進駐したあとも、曲阜の孔子廟を守るために兵をおきました。孔子廟とは孔子を祀っている霊廟(霊を祀る建物)のことです。高級将校も私兵も孔子廟を参拝しました。
1945年8月、日本軍が去った後でも、孔子廟、孔子一族の墓、そして曲阜はまったく破壊されていませんでした。
ともにあった孟子廟には、日本軍が日本兵のために書いたとみられる、以下のような注意事項が残っていたといいます。
・孟子と孔子はともに中国人が最も崇拝する偉人である。日本人の精神文化の大恩人でもある
・孔子廟、孟子廟に対しては日本の神社仏閣に対するのと同じように謹厳でいること
・模範的な行動をすれば中国の民衆は日本軍に親しみを持つ。これはくれぐれも忘れてはならない
・・・さて、この山東省曲阜は前記事「台湾に孔子の子孫がいっぱい!ちょっと微妙なその内情」で取り上げた孔子の子孫の代表、孔徳成の故郷です。孔子がまつられ、孔府とよばれる代々孔子の子孫たちが住んだ屋敷もあります。
孔子の信奉者が多かった日本。孔府にいた頃の孔徳成は日本人たちから宴会に招かれることがありました。また1935年には、斯文会から日本の孔子廟の落成式に参加してほしいと請われたこともありました。
孔徳成はどちらも病気などを理由にして参加せず、最終的に蒋介石と歩む道を選びますが・・・
孔子にひたむきな日本人 現在も続く活動
孔徳成の来日を求めた斯文会(しぶんかい)という組織、日本人でも初めて目にする方が多いのではないかと思います。
斯文会は、明治13年、東洋の学術文化の交流を意図した岩倉具視が、谷干城らとはかって創設した「斯文学会」を母体とし、これが発展して大正7年(1918)公益財団法人斯文会となったもので、孔子祭の挙行、公開講座の開講、学術誌『斯文』の発行などを中心に活動
この斯文会、現在は史跡湯島聖堂の管理団体となっています。
東京 御茶ノ水にある湯島聖堂(youtubeより)
儒教にまつわる活動も続けており、書籍の出版のほか、公開講座なども開いているようです。
この講座、電話やメールでの予約を受け付けず、都内の施設での対面受付のみという敷居の高さです。しかし、その分、今どきなかなかない格調の高い会といえるでしょう。
学割がきくあたり若者歓迎のようですし、首都圏の方は覗いてみるのもいいかも?
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孔子の正体はモーセ?中国人はノアの子孫?近世ヨーロッパの中国観
https://tieba.baidu.com/p/5556156127?red_tag=2225515787
https://blogs.yahoo.co.jp/saegusauntai/36603022.html
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/repository/81005484.pdf
https://en.wikipedia.org/wiki/Thomas_Franklin_Fairfax_Millard
https://baike.baidu.com/item/%E6%99%8B%E5%8C%97%E8%87%AA%E6%B2%BB%E6%94%BF%E5%BA%9C
http://bbs.tianya.cn/m/post-worldlook-1450231-1.shtml