前回記事「不況の源?経営コンサルタントは日本に不要な存在か」にて、聖書には「友」という存在があまり登場しないことを取り上げました。
聖書の主従関係では「主人」が「しもべ」という他人に情をかけることも、あまりありません。
その文化が、経営者が大きな利益を得る一方で、労働者は弱い立場におかれがちな欧米の雇用制度と繋がっていると考えられると書きました。
一方、東洋思想は「友」の概念が重要な意味を持ちます。主従関係にも友情がまじりがちです。東洋文化が根底にある日本では、リストラなど、主と従が分離した欧米生まれの制度になかなかなじめないです。
キリスト教と東洋思想の間にある「友」の重さの違い・・・この件について、とても考えさせられたニュースが、今年ありました。
ゴーン・ショックです。
今回は、このキリスト教文化と日本の文化における主従関係の違いという視点から、ゴーン氏と日産についての考えを書いてみます。
日本人が知らない ゴーン氏の出自
今年の騒動後、レバノン系でブラジル生まれというゴーン氏の出自が、あちこちで報道されましたね。
レバノン系といわれると、普通の白人とはちょっと違うイメージを持つ方が多いでしょう。
レバノンは中東ですが、実はキリスト教徒の多い国です。
国内に独自のマロン派という宗派があり、ゴーン家はこのマロン派のキリスト教徒です。
マロン派はカトリックと親和的で、カトリックの一派とされることもあります。
日本のWikiによるとマロン派は同じカトリックの国家であるフランスと緊密な関係にあるとあります。
またレバノンの大統領は代々、マロン派から選出される慣行があるともあります。
ゴーン氏が生まれたブラジルもまた、カトリック国家です。そしてレバノンからの移民が世界で最も多い国でもあります。
ゴーン氏はブラジル内のマロン派のコミュニティの中で育ったと思われます。
成長し、フランスに渡ることができたのも、フランスと緊密な関係にあるマロン派教徒だったゆえかもしれません。
その後のゴーン氏は、ミシュラン、ルノーでのキャリアも、すべてキリスト教文化圏で築いてきました。
ゴーン氏にとって、日本は初めてのキリスト教文化でない国だったのです。
「なろう系主人公」だったゴーン氏
日本にやってきたゴーン氏は、リストラ、コスト削減、合理化を推し進めます。
雇用関係に「友情」が混じる日本人なら二の足を踏んでしまうことも、
「主人」と「しもべ」が断絶した雇用関係で生きてきたゴーン氏ならできます。
普通なら責任や良心の呵責を感じるような仕事を「黒船」がやってくれることに、日本の経営陣は助かりました。
またゴーン氏も、日本のおかげで今までの実力以上の結果を出すことができました。
ゴーン氏が着任した頃の日本は、まだ昔かたぎな労働者が多かったです。
キリスト教圏の労働者のように、自分が担当した契約分以外の仕事には無関心なのが当たり前という感じではありませんでした。
教育の変化や世代交代、派遣労働者の増加で、日本も近年は以前ほどでもなくなってきてますが・・・
アメリカの求人をみると募集側も応募者側も責任感(responsibility)を重要なポイントとして挙げているケースが多いです。
逆にいうと、あちらの文化では、それだけ責任感に欠ける労働者が多いということかもしれません。「主」と「しもべ」の間に情が乏しい文化の負の部分でしょう。
・・・でも、異文化の国、日本では、そういう問題が少なかった・・・。
結果、ゴーン氏の改革は大成功します。
日産と日本は彼に感謝しました。
ラノベやアニメで近年、「なろう系主人公」の作品が人気を集めていますね。
「なろう系主人公」とは小説投稿サイト「小説家になろう」出身の人気ラノベ作品に典型的にみられる「異世界転生した主人公がチート能力を手に入れて大活躍する」ストーリーの主人公を指します。
現代人がファンタジーの世界に飛ばされ、現代の知識によって異世界の問題を解決し、その異世界の人たちの間でヒーローになるというわけです。
ラノベ以外だと、現代医学の知識を持つ医師が江戸時代に飛ばされた漫画「JIN(仁)」、古い話なら「ガリバー冒険記」もそれでしょう。
・・・ゴーン氏は、それだったんじゃないかと思います。
彼は異文化育ちなぶん、普通の日本人の感性ではできないことができた。
おかげで日本という異世界の人々から感謝され崇拝される。
彼と同じキリスト教的価値観という特性をもって、彼に対抗してくるライバルは皆無です。
日本にもキリスト教徒はいますが、
布教時に便利だったゆえか?大乗仏教の影響を受けている場合が多いです
日本のキリスト教に「許し」のイメージが強いのはそのためでしょう。
ゴーン氏のような「本場育ち」のキリスト教徒とは、ちょっと違います。
ゴーン氏と日産のコンビは国際的にも成功します。
この20年ほどの間にゴーン氏は日産を代表する存在として、世界的に名声をえました。
2017年には、レバノンでゴーン氏の切手が発売されたほどでした。
Lebanon has a special stamp in honor of Carlos Ghosn. Should they not issue a new one in which he appears in prison uniform?
ذكّروني: للبنان طابع بريدي لتكريم كارلوس غصن. نرجو إصدار طابع آخر يظهر فيه بلباس السجن. pic.twitter.com/AGRyZ74dlL— asad abukhalil أسعد أبو خليل (@asadabukhalil) 2018年11月19日
・・・ゴーン氏にとって、日産時代は、わが世の春だったのではないでしょうか?
日本人は「しもべ」ではない
しかし、そんな「なろう系主人公」の物語にも、今年、突然の終わりがやってきます。
―――ゴーン氏が逮捕された理由は、日産の私物化だとされていますね。
ゴーン氏が日産の資産を自分のもののように使うことを、日産側は、以前から知っていて、それでもゴーン氏の望むままにしてきたといわれています。
なぜ日産はそんなことをしたのか・・・
日本人的にかんがえれば、それはゴーン氏への恩返し、
そしてゴーン氏の望みをかなえることで
彼も日産に恩を感じてほしいという気持ちが暗にあったからでしょう。
こっそり便宜を図ることによって、秘密を共有し
互いに隔てなくやりとりできる「友」になろうとしたわけです。
昭和までの日本や中国で賄賂が多かったのも、
こうした「友」の感覚を、仕事に持ち込んでしまうゆえかもしれません。
しかしキリスト教圏のビジネスマンであるゴーン氏は、しもべとの間に「友情」を築くなんて感覚はありません。
彼にとって、自分は「主人」、日本社員側は「しもべ」です。
日本側が多くを許し、優遇してくれるのは、しもべたちが神に祝福された自分の偉大さを認めてるから。もう王様気分です。
ゴーン氏の出身国ブラジルのある南米では、かつてスペイン人が原住民に「白い神」と呼ばれ崇められたそうですが、それに近い感覚だったかもしれません。
そして、ゴーン氏側の日産への「私物化」はエスカレートしていきます。
この流れを終わらせるには、日産側がゴーン氏と「友」になることを諦めて
「わたしたちは、しもべではない」
と、彼に表明する必要がありました。
西川日産のやったことは、そういうことじゃないかと思います。
逮捕時、一部報道で「我慢の限界」とありましたが、本当にそうだったんじゃないかと思います。
ゴーン氏と日産は、違うがゆえに成功し、違うがゆえに決裂せざるをえなかった・・・というところでしょう。
日産は恩知らずなのか?
今回の件に対して、ゴーン氏やルノーが日産を立て直してくれたのに、日産は恩知らずだとする意見をよく見ます。
また日本は逮捕によって国際的なルールを破った、これでは日本は外国からの信用を失う、といった意見もありますね。
私個人の考えだと、
西川日産が日本人から恩知らずといわれるのは無理もないでしょう・・・。
しかし、やったことが正しかったか、間違っていたかといえば、正しかったと思います。
もっとマイルドな手段もあったでしょうが、西川氏の出した結論自体は正しいと思う・・・
日本人は、欧米キリスト教圏の人たちに対しても、日本人に対するのと同じように、恩だ、義理だと考えてしまいがちです。彼らとの関係が浅い場合ほど、そうでしょう。
でも、ある程度深い関係までなったら、彼らと私達は違うのだと理解しないと、取り返しのつかないことになることもあります。
もし恩人だから、ルールだからとお行儀よくし続けていたら、たぶん日産は一層深くゴーン氏側のしもべとなり、呑み込まれてしまった・・・。半ばアメリカ企業になったソニーのようにアイデンティティを失うことになっていたかもしれません。
(関連記事:「若い世代ほど知ってほしい トヨタ以上だった日本の栄光 ソニーの凋落」)
身を守りたい、生き残りたいと強く願うなら、ルールに反逆して、戦いを挑んだっていいんじゃないでしょうか。
日産が日産のままであるためには、どこかで誰かが決断しなくてはならかったことだと思います。
「ルールを守って友好的に接していれば、必ず良い関係が築ける」
日本人は外国人に対して、こんな期待を寄せがちです。おひとよしな性善説に聞こえますね。しかし、実際は、相手の実像をはなから知ろうとせず、一方的な期待を押し付けてるだけかもしれない・・・今回の件を見て、そう感じました。
現在、ルノーはゴーン氏を外し、日産とは関係を継続したいと考えているようです。
日産の怒りを見たルノーは、おそらく以前より日産と浅く慎重な関係になるでしょう。しかし、そのぐらいが適切な距離かもしれません。
https://edition.cnn.com/2018/11/23/business/carlos-ghosn-lebanon-icon/index.html
https://en.wikipedia.org/wiki/Carlos_Ghosn