現在、優生学、優生思想(eugenics)で検索すると、候補にナチスやシンガポールという名詞が出てきます。
一般的には優秀なもの以外は価値がないという思想だと理解されていますね。
意外ですが、実はこの優生思想を国家の政策として初めて実行したのはナチスではなく、アメリカです。
英語版のwikiによると優生学的な制度や価値観は20世紀はじめアメリカで確立され、それがドイツに広まり、結果ナチスに影響を与えたとされています。
19~20世紀のアメリカでは優生学は支配グループ(=優秀な白人)の人口を保ち、増やすための手段と考えられていました。
ナチスが優生学に基づいたカリフォルニアの強制避妊制度をもとにして、ドイツに似た制度を敷いたことは有名です。
民族浄化に関する意見において、ナチス下のドイツの科学者とアメリカの科学者は深く理解しあっていたと、アメリカの学者が述べていたという記録もあります。
ロックフェラー財団もナチスの優生論的プログラムを支持し、出資していた時期がありました。
(関連記事:「ユダヤじゃない!父は犯罪者?知られざるロックフェラー家の実像」)
ただ、様々な州を抱える連邦制の国、アメリカは、ドイツほど集中的、一元的な優生学には傾くことはなかったとされています。
ナチス敗北後も、アメリカでは1970年代ごろまで人種、貧困、精神的疾患などに基づいた優生論的な政策が継続されました。
あのナチスが手本にしたほどの政策・・・かつてのアメリカで一体どのようなことがおこなわれていたのでしょう?
以下、英語版wikiにあるアメリカの優生学のページの内容を中心にみていきます。
ナチズムの祖、アメリカ優生思想の始まりとは?
前記事「進化論を信じないアメリカ人が多いのはなぜ?日本人が知らないその背景 」でチャールズ・ダーウィンの親戚の学者、ゴルトンを取り上げました。
そしてアメリカの優生思想の祖もまた、ゴルトンです。
ゴルトンはイギリスの上流階級を研究し、彼らの高い地位は、彼らの持つ優れた遺伝子によるものと結論づけました。
ゴルトンの説を支持するアメリカ人たちは、選択的な人間の交配をとおして人類は進化を遂げるべきと考えるようになりました。
彼らは社会的な階層は環境に適応できる遺伝的を持つかどうかで決まると考えました。
特にノルウェー人など北欧人(Nordics)、ドイツ人、アングロサクソンを優秀な民族とみなしていました。
そして移民の制限、異人種間の結婚の禁止を求め、貧困層、障害者、道徳を守れない人々を強制的に不妊にすることを支持していました。
ロックフェラー財団、カーネギー財団も彼らを支持し、資金提供を行いました。
当時行われた優生学に基づくコンテストで理想的と認められた人たち
(http://rarehistoricalphotos.com/fittest-family-eugenics-1925/)
意外にもアメリカ黒人の知識層の間でもゴルトンの優生学は支持されました。
しかし当時の黒人は、白人と黒人の間に人種に起因する能力の差はないと考えていました。最もすぐれた白人と最も優れた黒人は同じぐらい優秀なはずと思っていたのです。そして人種にかかわらず優秀な者同士で混血し、進化していくべきと考えていました。
その後、人種をまたいだ知能テストが行われ、その結果は優生学者たちにとって、なぜ上流~中流階級が白人ばかりなのかを説明するものとなりました。
1907年、世界ではじめての優生学に基づいた強制的な避妊、断種手術を認める法案がインディアナ州で可決しました。多くの州がまもなくそれに追随しました。
そして「健康な白人」以外の民の受難が始まります。
黒人、ネイティブアメリカンに避妊手術を強制
アメリカの優生思想の視点では、黒人やネイティブアメリカン/インディアンは劣った遺伝子を持つ民、淘汰すべき民でした。
この考えのもと、ネイティブアメリカンの女性が陣痛を起こして医療施設に駆け込んでも、避妊手術に同意しないと分娩させないという恐ろしい取り組みが行われていました。
しかもネイティブインディアンの女性の多くは同意書の説明が読めません。そのため、多くの女性がわけがわからないまま避妊手術を受けさせられました。その数は確認が取れてるだけでも3400人にのぼるそうです。
また子供が複数いる場合は、福祉給付金を与えないといった脅しも行われていました。
黒人女性もまた、同じような境遇でした。
少なくとも2000人の黒人女性に対し、本人が望まない避妊手術が行われていたという証言記録があります。
南部に住む、すでに複数の子供がいる貧困層の母親が被害の対象でした。
彼女らもまた、避妊手術を受けないと福祉手当を止めるという脅しを受けていました。
1970年代になると、こうした手術は問題視されるようになり、行われなくなりました。
「経済的に貧しい」=「劣った遺伝子の持ち主」
アメリカの優生学者たちが淘汰すべき遺伝子を持つと考えていたのは非白人だけではありません。
貧しい生活を送っていることもまた、社会に適応できない=淘汰に値すると考えられていました。
一方、上流~中流でいることは優れた遺伝子を持つことのあかしとされました。
優生学者たちは、すぐれた白人の人口を増やすため、中流の女性たちにより家庭的になるよう働きかけました。そして多くの子供を産むよう促しました。
白人の避妊手術や産児制限もやめさせようとしました。
こうした活動は1900年~1960年ごろまで行われたといいます。
一方、貧困層であるということは、進化に不適合な遺伝子を持つという証と考えられました。
売春をするような下層の女性は、頭が悪く、社会に適応できない者、進化に値しない者とみなされました。
知能が低ければ白人でも強制避妊手術
1912年、アメリカの心理学者・優生学者であるヘンリー・ゴッドガードが「カリカック家 - 精神薄弱者の遺伝についての研究」という本を著しました。
この本は独立戦争の英雄カリカック氏(仮名)が敬虔なキリスト教徒の妻との間に持った子孫と、一時的にもてあそんだ精神薄弱の疑いのある水商売の女性との間に持った子孫の差をとりあげています。
そして、メンデルの法則どおり、妻との間にできた子孫と比べて、水商売の女性との間にできた子孫は社会的に不適格な人物を多く出しているとしています。
ゴッダードはこの著作の中で、社会の構成に不適格な個人の生殖を制度的に検証する体制を確立することが必要であると主張した
日本語wiki カリカック家 のページより
この本は当時のアメリカで人気を得て、版を重ねました。そして優生学に基づいた避妊、断種手術を支持する人たちをバックアップしました。
(カリカック家の図 http://thebegats.tumblr.com/post/98869330873/heres-a-tongue-in-cheek-rendering-from-amramより)
1937年の調査によると、当時のアメリカ人の6割以上が精神的疾患のある者や犯罪傾向のある者の断種/避妊手術を支持していました。
結果、精神疾患を持つ者や低IQの者への強制的な避妊、断種手術は頻繁に行われました。
特に女性への避妊手術は制度化されていました。
優生学者たちは男より女のほうが駄目な遺伝子を持つ人間を再生産してしまいがちだと考えていたためです。
こうした状態もまた1970年代まで続きました。
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裕福な人は少ない税金でさらに優遇される反面、貧しい人は医療さえろくに受けられない、不思議な”世界一の先進国”アメリカ・・・
激しい貧富の差が長年続いているのに、アメリカの支配層にそれを改善する気があまりなさそうに見える理由も、もしかしたら、こうした歴史的経緯にあるのかもしれませんね。
高度成長期の日本人は、欧米の文明がもたらしたテレビに夢中になりました。そして、当時、輸入されたアメリカドラマに登場する働く夫と専業主婦の組み合わせは、目指すべき幸福の象徴に見えました。
(参考記事:「戦後の日本人の原風景はアメリカドラマ」)
でも、そのドラマが制作された1960年ごろのアメリカ社会は、白人を増やすという優生学的な目的のために、女性に家庭を重視することを求めていたんですね。
・・・確かに当時制作され、日本で盛んに放送されたアメリカドラマ「奥様は魔女」のレギュラーメンバーは、私の知るかぎり、全員、白人でした。
白人至上主義な価値観が強いドラマを見て憧れ、白人のような生活を夢見て頑張り、経済大国になった非白人の国、日本・・・複雑ですね(-""-)。
日本は本当に世界でも類のない国かもしれません。
加えて、中流以下の出自の主人公が上流の異性と結ばれるというストーリーが、アメリカのコンテンツに少ない理由も、ひょっとしたらそうした歴史にあるのかもしれません。
シンデレラだって、継母に冷遇されていただけで、実際は貴族の家の娘ですしね。
こうした有色人種や社会的弱者の人権を無視した制度が、そろって1970年代に問題視されるようになり、終わりを告げた点も興味深いです。1960年代に起きた公民権運動の影響かもしれませんね。
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Kallikak_Family
http://historynewsnetwork.org/article/1796
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