年始にNHKでBS1スペシャル「遠い祖国-ブラジル日系人抗争の真実」が放送されました。
戦前、ブラジルに渡った多くの日本人たち。彼らが戦中、戦後にたどった運命は遠い南米にありながら、とても日本人らしいものでした。
――――ほんの二、三年、ブラジルのコーヒー農園で働けば、すぐに裕福になって日本に戻れる」
昭和の初期、多くの貧しい日本人たちが国からそう聞かされ、一攫千金を夢見てブラジルに渡りました。
けれども、実際には待っていたのは、賃金が低く、待遇も悪く「踏まれたり蹴られたり、希望のない日」でした。
自分たちは騙されたと思った日本人たち。多くは失望し、一日も早く帰国したいと願いました。
しかし行きの渡航費は国から出ましたが、帰りの費用は自分で出すしかありません。
汚い水を濾して飲むような地で働く彼らにとって、そんな大金を工面するなんて夢のようなことでした。
コーヒー農園との契約が終わると、住む家をもたない彼らはジャングルの奥地を切り開き、日本人集団地を作りました。そこは都会から離れた地であり、結果的に日本人以外はあまり立ち入らない地域になりました。彼らは、そこに農地を作り、自分たちのための農業を始めたのです。
ブラジルの公用語はポルトガル語です。しかし、集団地で暮らす日本人たちは
「いずれ日本に帰るのだから」
と子供たちにそれを教えようとはしませんでした。
代わりに日本人の子供のための学校を作り、そこで教育勅語を読ませたりして、大日本帝国の臣民として育てようとしました。教科書もわざわざ日本から取り寄せました。
やがて太平洋戦争が起こり、ブラジルは連合国側につきます。
驚くべきことに、開戦してブラジルと日本が国交断絶すると同時に、日本の大使や領事は帰国してしまいます。しかし帰国を熱望していた集団地の日本人たちはそのまま、置き去りにされました。
やがて日本人は移民のふりをしながら、土地を侵略するという説がブラジル国民の間に広がりました。
子供たちも現地の人々にいじめられるようになります。しかしいじめられても、ポルトガル語を習っていないので、言い返すことができません。
「日本人は日本にいるのがほんとうだ」
番組のインタビューに答えた当時子供だった老人は、いじめられたくやしさから、そう強く思ったといいます。
日本人の農民たちにとって割の良い収入源はハッカ栽培でした
しかし、ハッカは爆弾製造に使用されるというデマが広がり、「愛国者ならば日本を攻撃する爆弾に使われるかもしれない連合国側のハッカの栽培はすべきでない」という意見が強くなりました。
ハッカ栽培をやめた「愛国者」たちは、さらに貧しくなっていきました。貧困に耐えながら、日本が勝利した暁にはブラジルを去って大東亜共栄圏に移住すると、強い希望を胸に抱いていました。
このようにブラジルの日本人集団地の日本人たちは、土着のブラジル人たちから隔絶し、ブラジルの中の小さな日本のような環境に暮らしていました。
そして日本人だけで肩を寄せ合って、日本の勝利を願っていました。
しかし、願いもむなしく、日本は敗戦します。
ブラジルの日本人のうちでも、商売をしていた人、工場などを経営して都会に住んでいた人たちは、早めに敗戦の情報を知ることができました。彼らの子供たちはポルトガル語を学んでいたので、新聞などによってもたらされる情報を周囲のブラジル人たちと同じ速さで手に入れることができました。
けれども、都市から離れた集団地の農民たちはポルトガル語が読めません。
貧しすぎてラジオさえ持っていないので、玉音放送を聞くこともありません。
「敗戦した」「いや、まだ戦争は続いている。勝っている」
あちこちから噂程度の情報が入ってきては、彼らを一喜一憂させました。
結果、日本人集団地では、日本は勝利していると報じるウソの新聞が飛ぶように売れることになりました。
また、日本は勝利してスマトラやボルネオも植民地にしたので、島を購入して一儲けしないかといった詐欺も横行しました。
日本語を話せる人しか、そんなことできませんから、おそらく日本人同士でそうした騙し行為があったのでしょう。
ブラジルになじみ、比較的豊かな生活を送り、日本の敗戦を信じる「負け組」の日本人と
日本に帰ることだけを熱望し、日本人であることにこだわり続け、日本の勝利を願い続ける人たち「勝ち組」の日本人。
この二つによって戦後のブラジルの日本人は分断されることになります。
彼らは、どうなるのでしょう？
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